『信頼』はしても『期待』はしないと決めた17の夜

みなさんこんばんは!現役底辺高校生です!

今日は、『信頼』はしても『期待』はしないと決めた。

17の夜のお話をしていきますので、『学校』、『家事』、『仕事』に期待をされて頑張り続けている人、

これから人生を変えていく人、夜疲れてむなしく病む人は、良ければ最後までお付き合いください‼

信頼はしても期待はするな

皆さんは、きっとこの記事に目をつけたということはどこかで聞いた事がある言葉なのかもしれませんね、

実際に僕も、どこかで聞いた話なのですが、どこで聞いたかは忘れてしまいました。

ですが、昨晩ふと思い出しまして、今回は絶対このお題について話そう!と決めてました。

皆さんは信頼したことは、ありますか?

『家族』

『恋人』

『友達』

きっとこういう身近な人達には、重い信頼があると思います。

でも、時々人は『期待』をしたくなります。

期待というのは、望みをかけて待ち続けることです。

家族が老後の生活費に困らないであろうという期待感

恋人がずっと私を幸せにしてくれるであろうという期待感

友達は私から離れないであろうという期待感

期待感には、さまざまな種類があります。

でもいずれにしても、期待するというのが、自分の手の枠に収まりきらないず自分で操れない他責思考です。

私たちが成長をするためには、自責自分責任であることが必要です。

では、何故『信頼』は、良いのか?

信頼とは人を頼りにすることです。

人に頼ることは、3流に見えて実は、1流の人がやっている強さです。

これを今日はお話していきます。

まず私が何故人に頼ることは、1流なんだと言ったか、

それは目標を効率的に達成するためには、ヒトを頼らないといけないからです。

よく昭和のがんこ爺が『人に頼るな』と言いますが、人に頼らず自分だけで進める事には、限界があります。

双方が、『頼り頼られる関係』これこそがWin-Winな人間づきあいをするうえで大切だと思っています。

じゃあなんで『期待』は駄目なの?ってなりますよね、

期待をした後には成功すれば期待してよかったよ!って思われますが、

失敗したら君には失望したよ。。

になるからです。

この2つの似た言葉の違いは、とても大きいのです。

この2つの決定的な違いを伝えるとするならば、

『未来が有るか、未来が無いか』です。

一方は何にも始まらずにただ、消滅して失敗する。

一方は効率的に目標を達成することを連続できる。

この差は、大きいです。

僕は、いろんな人から期待をされて育ちました。

ボクシングだって、チャンピオンになれる漢として期待されていました。

もちろん期待以上の練習をこなしてきたが、期待を大幅に下を行く結果しか残らなかった。

普通にボクシングをやっていた人には、嬉しいのかもしれないが、王者を目指した俺からしてみれば、

ゴミみたいな結果でした。

会長が僕に期待をしてくれた。

俺のパンチに夢を抱いていた。

お前のパンチは強い。

ハートが強くなってきている。

俺に直接言ってくる人じゃないから、勿論そう言っていたということを、周りのジム面から噂で聞いた。

俺は、嬉しかったしその分頑張った。

俺は会長を頼りにボクシングを磨いてきたから、自分の追い込みが終わったら、ミットや、腹を鍛えるために腹を踏みつけてもらったり、

竹刀を持ちながら、俺にフォームを教えてくれた。

会長は俺に期待していた。

俺は、期待に応えられなかった、、、

気合が入った俺を見て母は期待していた。

だが試合は一年に一度の大舞台への出場権は貰えたが、A選手ではなくB選手としてだった。

俺はBは嫌だった。

だから、出場権を蹴った。

そして、ボクシングを辞めた。

俺にとってチャンピオンという期待は大きすぎて、荷が重すぎてやめてしまった。

一日4時間の絶え間ない練習に、朝ランという習慣。食の意識を持って、やっていくのは俺にとってはとっくに

限界を超えていた。

もちろん自分で限界を超えたといきなり決めつけたわけじゃなく。

学校でのいじめに耐えながら、学校が終わって2時間の場所にあるジムに行くのは辛かった。

電車に乗っている間は、学校の事と練習の事押しつぶされそうだった。

過換気症候群で救急車に運ばれたこともあった。

だけど試合が終わって言われた言葉は、この悔しさをバネに今まで以上に頑張るぞだった。

もう頑張れなかった。

疲労骨折になりかけているこぶしの皿も、慢性的に殴られた俺の鼻も

顎の痛みも、スパー終わりに比喩ではなく本当に洗面所いっぱいに『血反吐』を吐いたあの経験も俺の限界だった。

もう期待には応えられない。

その時俺は、辞めることを決意した。

会長にも自分にも失望された。

もしそれが信頼でいてくれたなら、

お前ならきっとできるという言葉と、これからも練習を頑張ろうという言葉だけで頑張れた。

俺なら絶対に勝てるとかそんな甘い世界じゃなかったんだ。

だから、『期待』は一瞬花を咲かせることができるかもしれないが、

一瞬にして散る桜になる。

俺は長く長く咲き続けて大きな花を咲かせたかった。

だから信頼はしても期待はしては、いけない。

期待は人を頑張らせることが研究でも明らかになっているらしいが、限界を超えて儚く散ってしまう。

そうならないために、期待じゃなく『信頼』に変えていきましょう!

皆さんも趣味じゃなくても、仕事家事で頑張った人。

その期待は想像以上に自分を縛り付ける重りになります。

自分が背負える範囲の負担に調節するために、気づかないうちに限界を超えないために、

今一度自分に、他人の期待感に応えて頑張りすぎようとしていないか問いてみてください。

『自分の頑張りへの成長、幸福レベルは他人に認められる為じゃなく、自分を納得させる負荷をかけ続けた先にある。』

自分のできる範囲から一緒に成長していきましょう!!

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