皆さんご覧いただきありがとうございます。
今日は、先生のいう事が必ずしも正解ではないという事についてお話していきます。
早速質問なのですが、皆さんは先生に怒られたことはありますか?
A.僕はたくさんあります。
ですがその殆どが納得がいかない出来事で何度も同じ事を反省せず繰り返して怒られていました。
そのたびに僕の周りにいる先生信者の女の子がほら怒られたみたいな顔をして見てきたのを今でも覚えています。
今日はそんな「先生の言う事が本当に正しかったのか」をもう一度しっかり考え直し、
自分なりに納得のいく結論を考えてきましたので
もし宜しければ最後までご覧になっていってくださいね!
それでは行きましょう!
目次
何故同じことを繰り替えし、よく怒られていたのか
その僕がした行動と先生から言われた言葉の適格性について考える。
そもそも教育委員会などから言われているのではないか?
大人が良く言う先生のいう事が正しかったと思う日が来るというのは本当なのか。
異常を踏まえて今後どう先生と付き合っていくのか。
今日は、いつもより多めの5段構成ですが、
その分様々な観点からこの先生は本当に正しいのかという疑問について考えられると思うので
もし宜しければ最後までご覧になっていってくださいね。
僕の過去の実体験と疑問
僕は先ほど「同じ事で何度も叱られていた」とお話しましたが、
それはいったいどんな事だったのでしょうか?
僕が怒られた内容
僕は、「やられたらやり返す」という考え方を正しい事であると思っていました。
だから相手が何かしてきたら、同じ事を僕のやり方でやり返してやる。
それを自分の軸として徹底していました。
そして、そんな事をしていれば勿論先生にはよく問題を起こす子としてマークされてしまいます。
最初に牙を向けてきた癖に同じ事をされたら泣く人が多く、
そういう人のせいで、すぐに先生が駆けつけてきて
週一くらいのペースで先生に怒られていました。
先生は僕に、やられたからってやり返してしまったら、
先に手を出した人と同じくらい悪くなってしまうんだよ。
と耳にタコができる程言ってきました。
ですがそんな事はもともと知っています。
同じくらい悪くなってもいいからやり返してやりたいし、
同じくらい悪くなるからお互いのごめんねの後より思いが伝わるんだよ。と思っていました。
僕が一方的にやられていたとして、相手が満足して謝ってきたからそれなら許してあげよう
なんてお釈迦様のような寛容な心は持ち合わせていません。
というかほとんどの人はほとんど納得いってないと思います。
謝ったんだから終わりでしょ、みたいな雰囲気を先生が持ち出すせいで許したくないのに許していた事が多いと思います。
僕はやられたならやり返すし、それでお互いがやり切ったなら謝ってそれで解決。
それでいいと思っていました。
そんな考えでずっとやってきたので、僕は先生から厄介者認定されてしまいました。
だから先生はとうとうすごい事を言ってきました。
「やり返した方が悪いですよ」って
僕はそれを言われて先生という存在に本当に失望しました。
やられてやり返すが発展して大きなトラブルにつながるから、
小さいうちから揉め事をなるべく避ける教育をしているのかもしれませんが、
僕からすれば正しくない意見を押し通すために理不尽な意見を押し付けようとしてくる
魔教師でしかありません。
それから、僕の行動は余計に強まり先生がそういうスタンスで来るなら、先生に対しても
やり返してやると思い、中学では自分が信用している先生の言う事しか聞かず、
小学校の時のようなタイプの先生が居たら本当に面倒くさい問題児として接しました。
『魔教師ならば、問題児で迷惑を掛けに行く。』
これが僕の小学校のから中学にかけての流れです。
今までの行動をまとめると、
「友達同士の喧嘩→先生に理不尽に怒られる→先生に理不尽にしてやる。」
このような流れです。
僕は先生にやられたからやり返す事を悪い事と思っていません
とんとんな関係性でいるだけです。
先生の言うことは本当に正しかったのかを考察
上記で経験した過去を踏まえて「先生が本当に正しかったのか」を考察していきます。
先程まで上記で偉そうに先生が悪いわ!
と話していたのに、何故今先生と僕で正しさが半分になったかと言いますと、
先生も人であり、先生の考え方があるからです。
先生が思う先生像はきっと、『会社で例えれば上司にあたる。』と考えていて、
それを先生の小さい頃からそう思い続けてきたから、
生徒が先生に従うのは当たり前となり、
僕は、「やられたらやり返すを当たり前」だと思っていたのに加え、
自分の意見に自信があり、先生との意見が対立しても先生が間違えていると認識し、
先生が僕に理不尽にしてくるなら、僕なりにやり返す。は当たり前となっていたからです。
このようにそれぞれの当たり前の基準や、正義感が異なり対立してしまったのです。
ただ先生一人一人の価値観や基準が違うにので想像できない部分があります。
だから僕が言える確実な事は、
先生も僕も『それぞれの世界の中で正解の行動をした』という事です。
僕のこの意見に対し、「読者様」の意見が「先生が正しいだろ。」に傾くと思います。
そういう考え方は読者様の持つ世界観ですから、それのままで良いのですが、
その考えを否定されたら嫌になるように僕にも同じ意地がありました。
先生と僕で、お互いがお互いの世界に引きずり合おうとしていた惨めな行動であったのだから、
どちらも、同じ割合で悪いと思いますけどね。
僕はここで怒られる際に、先生が僕の意見に対しても尊重し先生の意見についても
僕に共有してくれればそこでお互いに理解が深まったと思うんですけどね、
先生にも、生徒よりは上の立場というプライドがあったんでしょうか。
先生には先生の正解がある?こう教えないといけないという決まりがある?
これはまた少し違う話なのですが、先生に言われた考え方を変えたお話の一つです。
先生には先生の世界感がある。
先程先述したように、僕はそう思っています。
でも先生は、先生の上の立場の人に理想の先生像を縛られているかもしれない。
そう思ったんです。
その縛り付けがあるのであれば本当は良い先生だったのにその理想像を壊されてしまったのかもしれないし、
もしそうなのであれば、少し同情します。
ですが、僕の好きだった先生達は、
間違いなく僕の思う理想の教師に近かったですし、
上からの重圧に耐えて自分を貫いている。という事になりますので、
そこで負けない力も必要なのかなと思います。
僕は嫌いな先生からも好きな先生からも、
それぞれ違う意見を色々聞きました。
そこはあなたがこうするべき。
という意見も
それは〇〇先生が悪かったかもしれないね
といわれた事もあります。
本当に何度も呼び出されるので、先生が変わり、意見も変わります。
もしかしたら面倒くさがられていて、僕にどう伝えれば
僕が思い通りに動くのかを探っていたのかもしれませんね。
僕はきっと厄介者で爆弾気質であったと思うので、普通の先生は、
現状を悪化させないような優しい言い方で僕に話してくるんですがね、
どれもただ僕と言う人間と話すという仕事をこなすかのような口調で
正直それなら呼ぶなよ、お互いの時間がもったいないじゃんと思っていました。
ですが一度だけ、一教師としての意見をしっかり伝えてくれる先生もいたのでそこで
僕は、そこで先生にはこういう思いがあったのかと本当に一部だけ理解できたところもありました。
もし面倒臭がっているだけならなるべく僕との話を伸ばさないように仕事が増えないように
適当に話すはずです。
でもちゃんと意見を言ってきた。
裏で陰口を言ったり、評価を下げたり、そういう下衆の極みみたいな事をするのでは無く、
先生の今の思いを僕に明確に教えてくれて、
少しその新人の先生が先生という立ち位置を探しているところだから
そのお手伝いをして欲しいという事を僕なら分かってくれると思って話してくれたんです。
そこで思いました。
僕の担任は、きっとまだ理想の先生像を探していて他の先生の教えをたくさん収集して
自分の先生像を見つけている段階なんだって、だからもしかしたらその先生が本当に言いたい事では
なかったかもしれないし、
僕の怒りを逆なでしたのも誰かのアドバイスに基づいてやった行動が原因なのかもしれない。
僕はそれからそういう新人の先生と、単に好きな先生には優しくすると決めました。
そこで、僕がうざいと思っていた先生の枠が一つ消えたのです。
先生のいう事は正しかったと思う日が来るというがそれは本当なのか?
先生に言われた事は本当に多くあります。
・友達いなくなるよ
・社会人にでてから碌な人間にならないよ
本当に思い返したくない事も色々あります。
きっとこの言葉は本気で言ってはいないと思います。
そう言えるのはこういう言葉は気に食わなくて,
あてつける時に使う言葉で、
冷静さがかけて感情的になっているときに出るからです。
でもここで改めなければ今後また一人誰か離れるよ。
これは本当でした。
この言葉は今になったら分かったのですが、一つ前提があり、
間違いを直さないならまた一つ同じ過ちを犯す。という冷静な分析や先生が
経験をしているという前提です。
だからそういう意味で冷静で的を得た予言だったなと思いました。
先生の言う事は、絶対本当になるとは言えませんが、本当に経験豊富で
自分に深く寄り添ってくれる先生は、
自分の過去と照らし合わせている可能性があるので以外と当たります。
感情的になり、当てつけて来る言葉を言ってくる先生の予想は、
まず当たらないので気にしないで大丈夫です。
今後どう先生に向き合っていくのか。
ここが一番大切な箇所になります。
今まで色々と先生と揉め事を起こして結局どこに安定するのか、
もう折り返し地点はとっくに過ぎ去り本当に短い期間しかありませんが
その短い期間の為に考えていきます。
向き合い方
僕は、これからも同じように自分が間違えてないと思ったらそれを曲げずに対抗しようと思っています。
でもそれは先生にあてつける反抗ではなくて、
先生の言う事を聞く、聞かないを自分で決めるという反抗です。
例えば
静かになったら号令お願いします。
と言われて全然静かじゃないけど号令をした時がありました。
そしたら先生に「もう一回」と言われましたが、無視をしてもう一回はしませんでした。
何故そうなったのかと言うと、
誰かがちゃんとやらなかった号令を先生に勝手に僕ならできるからと
否応なく役割を変更してきて、やりたくないと言ったのに無理やりやらせてきたからです。
だから、皆を静かにさせるのは先生の仕事で、僕は号令だけなら妥協してやってあげる。
そというスタンスです。
だからこれからの付き合い方は理不尽には絶対に付き合わない。
お願いを無理やり押し付けてきても誰かがやらなければならないのなら仕方がないから協力する。
(でもそのお願いをするにあたって筋が通っていない部分に関しては絶対にやらない)
そう決めました。
まとめると…
【全て自分が正しいと思う事をする】これを徹底して生活していくという事です。
そうすれば、今後の学校生活で「ストレスが溜まること」も「先生の言いなりになること」もなくなります。
それに加えて自分の善意を発揮できるところは、自分から率先して助けに行くという行動は、
高く評価されます。
だから自分の意見が一番大切で、自分の筋を作りそれに基づいて行動する。
これをやり、今後先生と付き合っていこうと思います。
もし読者様も先生が間違っていると思ったら、
故意に攻撃する。
ではなく「従わない」という形で自分の意思を伝える反抗をしてみる事をお勧めします。
あくまで僕の意見ですが慕われていないのは、先生の責任です。
慕われる人間になることは先生という職業の課題である。と一生徒である僕は思います。
だから従わなくても悪いのは、自分ではなく先生である。
そう気楽に思いながら生活をしてみてくださいね!
きっとこのブログの内容は賛否あると思いますが、何を言われても僕はこのやり方に
プライドと、先生を助ける事の2つを自分が良いと思える塩梅でできているので変えずに
このままでいきます。
因みに今の担任の先生は、3者面談の時に「僕に助けられてます」って言ってくれました。
だから、「全部従う」より、「ある程度従う」の方が先生も深く気を遣わず良いって事もあります。
逆に気なんて使わないよと言う先生には、
最初からこっちも手伝ってやらないで気を使わなければいいんです。
これからは先生に対する人づき合いの自分に合う加減を探しながら生活してみてくださいね!
きっと学校での負担が減るはずです。
もし宜しければこんなブログもあるので見てみてくださいね!

それではまた👋

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